デス・オーバチュア
第72話「正しい人の殺し方」




「竜や獣は本来、武器も技術も必要としない……なぜだか、解るか?」
金髪のストレートロングの巫女は講義を行っていた。
「ふぇ〜?」
黒髪黒目、黒ずくめの幼女は愛らしく首を傾げる。
幼女の名はタナトス、そして巫女の名はエアリスと言った。
タナトスはむ〜っといった表情で必死にエアリスの質問……いや、問題を考えている。
タナトスにとって、エアリスは母代わりであり、同時に先生でもあった。
担当教科は体術、戦闘技術……つまり効率よく他者を殺すための術である。
ちなみに、アトロポスが礼儀、常識、道徳といった教養を、ディスティーニが占いなどを始めとした処世術を、コクマが文学(文芸学・語学・哲学・心理学・史学)に数学、太古の魔術魔法魔導の知識に至るまでのあらゆる雑学を含んだ学問が担当だった。
「答えは簡単だ……」
エアリスは無造作に右手を壁に叩きつける。
轟音が響くと共に、壁にエアリスの全身より大きな穴が穿かれた。
「うわ……凄い! 凄い、エアリス!」
タナトスがきゃっきゃっと無邪気に喜ぶ。
「私達は生まれつき『牙』と『力』を持っている……ゆえに、破壊するための『武器』も効率よく力を伝えるための『技』も必要としないのだ」
エアリスは誇るわけでもなく、淡々と告げた。
「だが、人であるお前はこうはいかない」
エアリスは壁の残骸を一つ拾い上げると、無造作に握り潰す。
残骸は砂か何かの塊だったかのように、彼女の拳の隙間から粒となって零れ落ちた。
「まあ、ガルディア皇族やハイエンド家のような例外もなくはないが……例外は例外、人という種の中の異端に過ぎぬ……」
「がるでぃあ? はぁいえんどぉ?」
舌足らずという程ではないが、少し変だったタナトスの発音に、エアリスは苦笑する。
「地上の神と地上の魔だ……人であって人でない者……異端者。人に収まらず、かといって神族にも魔族にもなれない半端者……狭間の彷徨い人……」
「む〜っ?」
「解らなくていい、お前には関係ないことだ。お前の力や才能は奴らのような血継のモノじゃない。お前の全ては、全てお前だけのモノだ」
「う〜〜っ?」
「だから、解らなくていい、悩むな。とりあえず、今はこれから私が教えることだけを覚えろ。お前には効率良く他者を殺す『技』を教えてやろう」
こうして、とても物騒な実技が始まるのだった。



夢という名の過去が終わる。
「……ん? まさか!?」
城を襲った微かな振動が窓辺で微睡んでいたエアリスを現実に呼び戻した。
エアリスはある場所に向かって駆け出す。
ここは永遠に空を彷徨う城の中だ。
ゆえに先程の揺れが地震であるわけがない。
今、揺れの原因として考えられることはエアリスには一つしかなかった。
何かが城から飛び立ったのである。
そして、今自分しか生命が存在しない城から飛び立つ可能性があるモノといえば……。
「…………ああ、良かった……違ったか」
エアリスは目的地につくと安堵の溜息を吐いた。
「だが、ここから何かが飛び立ったのは間違いない……コクマめ、私の居ない間に何を作った?」
エアリスはそこにある『何か』を見上げる。
「お前は知っているのだろう、レイヴィン?」
エアリスの問いかけに答えは返ってこなかった。



洞窟の中を進み続けると分かれ道に辿り着いた。
それぞれの道は全て色違いの門で塞がれている。
いや、全てではない、そのうち二つの門が乱暴に開け放たれていた。
開かれているのは赤と青の門。
「ふむ……別にビナーの待つ青の門を選んでやれとは言わないが、赤の門だけはやめておけ。あそこはあの男にとってだけの当たり、お前にとっては行く必要のまったくない場所……完全な外れだ」
全ての門を見回した後、リーヴがそう告げた。
「気配で分かるのか?」
タナトスは青い門の向こう側に意識を向ける。
セピアの洞窟の時と違って、特に門の向こうから強い神族の波動……気配を感じることはなかった。
「まあ、そっちはともかく、赤から何も感じなかったら、流石に拙すぎる鈍さだな……」
「……こっちは流石に解る……嫌でも……」
力や気の波動、そんなものを関知する能力を持たなくても、コレは誰にでも解るだろう。
何しろ、門の向こうから異常な熱風が漏れだしているのだ。
それも暑いなんて生やさしいものじゃない……文字通り『熱い』のである。
浴びているだけで体が焼け爛れそうな熱風と共に、異常なまでの威圧感、圧倒的すぎる力の波動がタナトスには感じられた。
「堕天使の番犬ごときにすら勝てる自信が沸かなかったのなら、間違ってもこの先には進むな……この先に居るのは『王』……一つの力の属(族)を束ねるクラスの存在だ」
「王……」
「人の手に余る……いや、人が間違っても手を出してはならない領域だ……何より、亡霊には本来直接関係ないモノだ、放っておけ……別にお前の場合因縁があるわけでもないのだから……」
「…………」
リーヴは妙に詳しいというか、何もかも知り尽くしているといった感じである。
タナトスにはこのリーヴという女性が何のためにここに居るのか、そもそも何者なのかすら正確に解ってはいなかった。
解っているのはホワイトで一度だけ会った、ルーファスの知り合いだということだけ。
「ん? 今、私のことをあの男並に得体が知れない、油断ならない奴だと思ったな?」
「うっ……」
いきなり図星を指摘され、タナトスは言葉に詰まった。
「一見表情が少ないようで、実はポーカーフェイスでも何でもないな、お前は……からかいがありそうで……ふむ、あの男の気持ちが解らなくもない……」
「むっ……」
あの男が誰を指しているのか解るだけに、嬉しくない発言である。
「さて、さっさと適当な門を選んだらどうだ? なんなら、私が選んでやってもいいが」
「んっ……」
つまり、リーヴはタナトスと一緒に来るつもりなのだ。
そうでなければ、タナトスに選ばせたりせず、勝手に門を選んで一人で先に進んでいるはずである。
タナトスが門を選ぶため、それぞれの門の向こう側の気配を探ろうとした瞬間だった。
紫色の門が内側から一人でに開く。
「お待ちしていました。どうぞ、お入りください」
門の向こうには、紫の小柄なメイドが上品に頭を下げていた。



「……お前は?」
「紫夜と申します。お客様方のお相手をするように申しつけられております」
とても小柄で可愛らしく、それでいて紫色の髪と瞳の輝きがどこか妖艶に感じられる、アンバランスな魅力をしたメイドだった。
「……失礼ですが、お客様は二名様だけですか? もっと大勢おられたように感じられたのですが……」
紫夜と名乗ったメイドは一瞬だけ怪訝な表情を浮かべた後、澄ました表情に戻り尋ねる。
そういえば、いつのまにか連れはリーヴだけになっており、あの青紫のフードの男が消えていたことにタナトスは今初めて気づいた。
タナトスはなんとなくリーヴに視線を送る。
「知らん。ザヴェーラの奴ならいつのまにか消えていた……昔から亡霊みたいに神出鬼没な奴だからな……いや、あいつを亡霊扱いしたら亡霊に……ファントムに失礼か?」
リーヴはクックックッと喉を鳴らして笑った。
何がおかしいのか、タナトスには解らない。
幽霊という意味の亡霊と、ファントムという組織名をかけた発言だというのはなんとなく解ったが……。
「……では、どうぞお入りください。歓迎いたしますので」
紫夜は門の中へと二人を招いた。
「……ふん、無用な歓迎だ。お前に任せた……」
門の中に入ると、リーヴはタナトスの肩を軽く叩き、自分だけ壁際に移動する。
歓迎の意味はタナトスにもすぐに分かった。
紫夜の背後、まるで彼女の影から飛び出すように、黒ずくめの仮面の男達が姿を現す。
「……腕試しといったところか……」
「はい、千面衆にも劣るような方には、十大天使と顔を合わせる資格もありませんので……」
「まあ、雑魚というか戦闘員といった所だが、それでも一匹一匹が一般の社会では一流で通る暗……」
タナトスはリーヴの発言を手をかざして制した。
「解っている……」
タナトスは法衣の懐に右手を入れると、妙な物を取り出す。
それは二本の短剣。
互いの柄から伸びた鎖で連結されたどこか禍々しい短剣だった。
禍々しく感じる理由はその色。
刃も鎖も柄も全てが、白銀ではなく『黒銀』なのだ。
黒銀の光沢が何とも言い難い妙な輝きを放っている。
「これを……魂殺鎌以外の武器を使うのは久しぶりだ……」
タナトスは二本の短剣をそれぞれ逆手に握った。
開始の合図はない。
タンという小さな音が聞こえたと思った瞬間、タナトスの姿はもうそこにはなく、彼女の姿は黒ずくめの一人の背後に移動していた。
黒ずくめの男の首筋からいきなり血が噴き出す。
他の黒ずくめ男達が動き出すよりも速く、全てはすでに終わっていた。
「お見事です」
「まあ、悪くはない」
紫夜とリーヴそれぞれの賞賛の声。
黒ずくめの仮面の男達は全員すでに絶命していた。
ある者は心臓を一突きにされ、またある者は首の頸動脈を切断されている。
「……本来、人を殺すのに魔剣聖剣など必要ない……ナイフ一本あればいい……」
タナトスは得物を懐にしまう。
ナイフには返り血すらついておらず、血を拭う必要もなかった。
「力もいらない……ナイフさえあれば、女子供の脆弱な力でも人は殺せるのだ……私は母とも呼べる人にそう習った……」
いや、正しくは『人』ではないか?
「……良い母親だな。人殺しの術以上に生きていく上で役立つものもない」
リーヴが本気でそう思っているかのように言った。
確かにエアリスに子供の頃に習った殺人技術は、暗殺者として生きる自分には何よりも役には立っている。
とはいえ、世間一般、常識で考えるなら幼い我が子に殺人技術を仕込むなどとんでもない母親に違いなかった。
「技術よりも、人を殺すことに躊躇いを持つような未熟者でないことが解り安心しました」
「…………」
紫夜の発言、それは戦闘……特に殺しを嗜む者にとってあらゆる技術よりも前提される大切なこと。
殺す際に一欠片でも迷い……命を奪うことに対する嫌悪や罪の意識を感じてはいけないのだ。
それを感じてしまう、消すことができない者は未熟者であり、偽善者でしかない。
そして、その迷いにより、一瞬の隙を作り、命を奪う者から命を奪われる者に変わってしまうのだ。
「…………」
暗殺者、殺人者としては自分は実はまだ未熟者で偽善者である。
普段はどうしょうもない罪悪感や自己嫌悪を捨てられず、苛まれ続けているのだ。
ルーファスやコクマのように人を殺しても何も感じないといった境地に達することはできない。
それでも、殺しの瞬間だけは全てを忘れるようにはしていた。
「これで、安心して、私が相手をできます」
「……何?」
紫夜はゆっくりと右手を天空にかざす。
「来い、我が半身! パープルガーディアン(紫の守護像)!」
叫びと共に紫夜の右手の甲に奇妙な刻印が浮かび上がり、紫の閃光が天を貫き飛来した。





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